トークイベント
トークイベント
人類学者の石倉敏明氏をゲストに迎え、展示作品を起点に、自然と芸術の関係性について語る。
開催日 2025年6月14日(土)
時 間 15:00–16:30
会 場 東京都美術館 スタジオ
登壇
石倉 敏明(芸術人類学者)
佐藤 健太郎、土田 翔、安田 萌音(出展作家)
柏倉 風馬(コーディネーター)
※本テキストは、トークイベントの書き起こしをもとに、抜粋・編集したものです。
石倉 石倉です、よろしくお願いします。今回の展覧会のタイトルは、「感性が自然に擬態する」ということで、僕はどういう視点でお話ししたらいいのかなと昨日まで思ってたんですけども。今日、実際に会場に行ってみて、こういうことなのかとすごく腹落ちしたといいますか、すんなりと自分の身体の中に入ってきたなという感じを持ちました。
3人のアーティスト(佐藤・土田・安田)とコーディネーターの柏倉さんがやっているこのグループですが、この「ビッグ・ネイチャー・ペインティングス」という名前がですね、今の時代とは非常に反時代的なことを言っているというか、自然というものをどう捉えるのかという時、あえて大きく言ってみるっていうところがとてもチャレンジングだなと思うんですね。まずは僕が感じたことをお話ししたいと思うんですけれども、今回の展示を見て、すごく自然への意識といいますか、地球意識みたいなものがだいぶ変わってきているということを感じました。
それがどう変わっているのかというのは、日本画というジャンル自体を見ていくと分かりやすいと思うんですけれども。もともと日本画というものが日本の歴史上ずっと あった訳ではなくて、美術史とか芸術学の中で繰り返し主 張されているように、近代に日本という国から日本の国土 の美しさであるとか、日本の芸術の卓越性であるとか、そういったことを輸出するために、明治20年〜30年代に「日本画」という概念と制度が作られてきた訳ですよね。皆さ んも美術大学で習ったと思うんですが、僕が人類学者とし て美術大学に勤めて最初にびっくりしたことは、なぜ「日本画」科というものがあったり「油画」科というものが学科になっていたりするのかというところで、すごく不思議な感覚になった訳です。
僕たちのような人類学者は、世界中で調査を行ったりするんだけども、なぜ「洋画」というヨーロッパ起源の、しかもキャンバスに油絵を描いたりするような強固な制度があって、それに対して「日本画」や「東洋画」という別の制度が作られ、あたかも世界全体がカバーされているような態度が生まれるのか。その 150 年の制度化の歴史がある中で、日本画というジャンルそのものが、僕にはどう捉えていいのか分からない。それが悩みの種だったんですね。
一生懸命自分なりに日本美術史を勉強したりして、やはり一つのポイントとなるのは、自然をどう眼差すか、自然をどういうふうに描くかってことがあると思います。特にですね、150年の歴史の中で、近代日本の中で自然というものは「表象」として描かれてきたと思うんですね。この展覧会のコンセプトでも、「写し取られた自然ではない」ということが語られますけど、基本的には写し取ることを前提に描くのが日本画であったと思うんですが、それが変わってきているということを感じました。
どう変わってきているのか。それについて僕は大きな歴史的な事件が関係していると思います。最初は 1995年と 2011年に発生した二つの大震災です。それまで自然というものはある意味、安定して人間の外にあって、いつでも見て美しいもの、あるいは何か資源として取り出せるものとして人間の前にあったし、それが、長らく日本画の前提になってきた。しかし1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災があり、そこで恐らく人間に対して剥き出しの暴力として立ちはだかる自然というものに、日本列島に住む我々は改めて向き合ってきたのかもしれない、と思うんです。
もう1つは、2020年から新型コロナウイルスというもの が大流行して、全世界的にパンデミックというものが起き た。それまで各地で色んな災害はあったと思うんですけど、 全世界、全地球上全体で、目に見えないウイルスというも のに翻弄されて、マスクをして、そして家の外に出てはいけないという体験をした。
このように近年の日本列島や世界では、自然と人間の関 係性の大きな変化があったと思います。今回の展覧会は、まさにポスト大震災であり、ポストパンデミックという2つの大きな自然の変化を超えて、どうやって日本画を描くのかということを捉えようとした4人が向き合った、とてもダイナミックなチャレンジだと思いました。後ほど皆さんに詳しくお話を聞いていきたいと思うんですけども、僕の専門の人類学と絡めて先にお話をしておくと、3つの大きな特徴に関心を持ちました。
1つ目は「ノンスケーラビリティ(規格不能性)」という 次元に関わるものですね。人類学者のアナ・ツィンがマツタケの本(マツタケ−不確定な時代を生きる術)を書いているんですけど、マツタケって広島の原爆が投下された後に一番最初に復活してきたキノコだと言われています。なぜかというと撹乱された大地の中でアカマツと共生しながら生えるというのが松茸の特徴らしいですね。そしてこれは人間が育てられないから高いわけです。フィンランドや中国、アメリカなどにいる採集民とか戦争難民といった人たちが、各地の人間が改変しつつある自然と深く関わり合いながら、松茸を集めて日本に輸出している。これが21世紀のダメージを受けた自然の次に現れる問題として注目されています。この展示でも、アナ・ツィンが論じたように、大量生産とサプライチェーンによって規格化された自然とは異なる次元を、 あえて作品化しようとしている。例えば、安田さんがあえてひび割れを起こした地表というものを作品にしていくとか、佐藤さんは水や風を使って、自分でコントロールできないものを取り込んでいくとか、土田さんがまさに全身体を使って自然の中に入り込んでいって、予測できないものに自分の体を晒したり、あるいは自分が川の水を飲んだり、雪を食べたりっていう、その体を使って自然と対峙していくという、規格化できない自然というものの向き合い方ですね。
2つ目のポイントとして、「テレストリアル」という概念がよく言われるんですけども、地球の「表層」ということです。私たちは「自然」というと、宇宙に浮かぶ青い球体を思い浮かべますが、20世紀の半ばから映像や写真によってインプットされたものです。手付かずの美しい恒常性をもった「青い地球」がある、これがいわゆる自然のイメージだと思うんですけど、実は必ずしもそうではなかったと言われています。地球全体の歴史をみた時、何度も全球凍結が繰り返し起こってきました。あるいは地球の歴史の中で酸素が大発生したイベントが、ある意味それまでの生き物を大虐殺して、その上で地表のフィルムのような表層上に、ものすごい数の生き物が生まれては死んでいくという生命環境を可能にしてきた。そういう意味では、「テレストリアル」、いわゆる「地表性」というところがエコロジーにとって大事になってくる。つまり、丸い地球ではなくて、薄い皮のような地球。恐らくこの展覧会においても、その「テレストリアル」に生きている僕たちが、画面上にもう一つの地表を作り出して、そこに擬態した表現を移し変えていく。これは表象を写し取るのではなくて、ある意味では自分が「それ」になっていくというようなミメーシスが行われているのではないかなというふうに感じました。
3つ目ですけど、これは「ミメーシス」、あるいは「ミメティクス」という概念に関わると思うんですけども。表象という写し取りと、イメージを作り出すことというよりは、むしろそこに生み出す、その過程の中に自分が飛び込んでいくということ。例えば、新幹線のデザインにカワセミのくちばしのデザインを応用する、これをバイオミミクリーと言います。この展覧会の日本画出身の作家たちは、「ジオミメティクス」とか「ジオミミクリー」としてやっていると思いました。つまり、バイオとは生き物の世界だけども、このジオ、つまり地球表面の鉱物であるとか、土とか泥とか、大地のレベルでそれを真似ていくことができないだろうか。大地というのは、生物が発生する以前の器を作っているわけですけども、それを真似ていく。そして、日本画ももともとそういう技法として、ジオミメティクスやバイオミミクリーをはらんでいたのではないかと。つまり、日本画という制度が発生する以前の日本美術の中には、例えば伊藤若冲がずっと自分の身の回りに動物を置くことによって、鶏が初めて描けるようになるというようなことが行われているわけです。150年前に日本画というジャンルが立ち上がる以前に、既にもっと興味深い、もっと拡張性のある、もっと大胆なことが行われてきたはずだというふうなことが今、問われるべきだと思うんです。美術大学で教わることは技術のことだとか、マテリアルのこととかあるかもしれませんけど、もっとそれを超えた大きな自然というものに向き合う時期が来ているのではないかということを、今のこの3人の作品を通じて強く感じました。なので、僕はこの大胆な取り組みの中には、おそらくこの日本画という制度だとか、人間か自然かとか、あるいは日本的か非日本的かというものを超えるような大きな問いが含まれていると思います。それに対してある確定的な答えを与えるというよりも、問いを続けていくということが大事だなと思うんですね。この実践をしていくためには、どういう対話が生産的かということで、ちょっと皆さんとお話をさせていただきたいと思います。
安田 このまま石倉さんの言葉をあと1時間そのまま聞いていたいという気持ちになってきてしまったところです。本当にいろんな目線で、この展覧会を見ていただいて、本当にありがとうございます。僕の目線っていうところで最初にお話をしてしまうと、先程もお話しした通り、日本画っていう構造も特殊なところがあると思います。
日本画が生まれた経緯というのはまさにその通りですし、今我々が日本画として提示をするとしたら、岩絵具を使っている、膠を使っているというところにしか過ぎないと思います。僕は今、膠を使っていないし、岩絵具も使っていない。
僕はこのひび割れという表現を、僕個人としても「発見」をしたと思っているんですけれど、そのときに「日本画の領域を外れてしまった」と思ったんです。それで、「日本画は学んだけど日本画家ではない」っていうことを言っていた時期があったんですけれど、最近、ふと自分の作品とか日本画とかいろんなことを見ていく中で、僕はやっぱり日本画を続けているのかもしれないということに改めて気づいたんです。
シンプルに技法的なところで、膠が糊になっているだけじゃんっていうところももちろんあるんですけれど、「テレストリアル」というお話もありましたが、今回インスタレーションの作品も結局展示はしていますけど、このパネルという支持体の上でどう僕が表現をしていくかというところで、日本画の「自然を見て模倣する」っていうところから、表現としては「自然の現象そのままを持ってくる」っていうことに変えてはいるんです。日本画という定義と、もしかしたらずれているかもしれないんですけれど、今の石倉さんのお言葉を聞くと、もう一度、日本画家を名乗ってももしかしたらいいのかもしれないと、ちょうど感じたというところが個人的な感想になります。
最初にもお話しした通り、日本画では胡粉とかを使うわけですけれど、厚塗りするとすぐ割れて剥落するんですね。もちろん洋画もそういうところもあると思いますけど、その割れたところがすごい格好良いなって思ったのが多分最初なのかなと。「自然を描くの、しっくりこないな」っていうところと、「ひび割れたところ、かっこいいな」っていうところが合わさった。それで、そこからそれにフィーチャーしていったらどういったことができるんだろうかというところで、淡々とひたすら「ひび割れ」させ始めて、今ここまでやってきたっていうところになります。
石倉 僕は美術批評家ではないので、あまりこれを批評する立場ではないんですけれども、人類学的思考としてそれを見たときにどう感じるかというと、例えば日本画というのは「自然をどう描くか」「いかに描くか」はもちろんあったと思うんです。
ただ、その前に「何を描くのか」っていうモチーフの問題があって、花鳥風月があったり、山があったり、対象としてのイメージを何を選ぶのかというそういう問題があった。自然というのは対象だったわけですよね。一方で「いかに描くのか」という支持体の問題があって、そして絵描きがどう向き合うのかっていう意識の問題があった。そこに技法が含まれてくるわけですよね。
ところが、これは日本の自然かどうかも分からない。ただのひび割れのプロセスというのは、普遍的な自然の物理的な過程というものでもあって、これはもうある意味では「マテリアル」の問題に入ってきていると思うんです。一つ例を挙げるとしたら、僕たちが21_21 DESIGN SIGHTで2023年に開催した企画展「Material, or 」でやろうとしたのは「素材以前に立ち戻ろう」、つまり、モノ・物質性というものが、人間がコントロールできるという前提を一度引き剥がして、地表にそのままあるもの自体から表現というのを立ち上げていこうとすると、このひび割れは「何を描くのか」「自然をいかに描くか」ではなくて、「自然と描く」みたいなところなんです。つまり、自然のプロセスの中で自然自体が描いている、そして人間も描く。それが人間の意識の流れと物質の流れ、物理的な構造の変遷、それが同期した時に非常に大きなコレスポンダンス(照応)が起こる。これがティム・インゴルドという人類学者が言っている「メイキング」ということだと思ったんですけど、つまり皆さんはごくナチュラルにそれをやっている人たちなんだなというところが、非常に新しいと思いました。
安田 まさに「あっ」と思ったのが、自然をそのまま描くのはあまりしっくりこないと言いつつ、自然という言葉がここで正しいのか…非人間的な何かを描くということ、そういったことがしっくりこないとお話ししたんですけれど、「何を描くか」っていうところで、僕は迷わずそれ(自然)を選択していたんだなというところが、一つ気づきがありました。
実際、このひび割れという現象として僕がやれることってあんまりないんですけど、特にこの作品《Vestiges— wall—》で言えば、大きな型枠に土を流し込んで、型を外したらあと2、3日は僕は隣で眺めているだけで、たまに扇風機を当ててみるか、みたいなぐらいなんですね。
石倉 これもテラコッタじゃないということですね。焼いてるんじゃなくて、土を流し込んでそれが自然に乾いていく過程を見ている。
安田 自然乾燥ですね。よく「焼いているの?」とか言われるんですけれど、これはただ土に糊を混ぜて乾かしているだけです。でもこの四角形の大きさとか配置は、もちろん僕の意志が入っていて、自然の現象と一言で言っても、僕との綱引きみたいなことも起きながら、最後は自然が返してくる、そういった感覚があるのかなと思います。
石倉 絶対的な主体としての作り手がいて、その人の語るべき経験が重視され、天才的な個人が作品を生み出すというのはある意味、すごくデカルト的なモデルだと思うんです。「我思う、故に我あり」。「我描く、故に我あり」。その描かれる自然というのは、あくまでも我々の対象、オブジェクトだったんだけど、これはオブジェクト自体がサブジェクト性(主題性)を持ってるわけですよね。つまりオブジェクト性とサブジェクト性が反転しあう。そこに作家の意識と、意識を持たないもののレベルでの変遷というものがダイナミックにコレスポンダンスし続けるっていうような作品で、恐らく変化し続けるということですよね。
安田 そうですね、この《Vestiges— grid—》という作品は、2019年頃に描いた作品で、1回個展で出した後にずっと倉庫に放置してたんですけど、久しぶりに展示する時に開けたら「あれ、なんかちょっとひび割れが大きくなったな」と。水分がちょっとずつ乾燥していて、接着剤の糊ももしかしたら弱くなっているかもしれないです。もしこれが200年も残っているとは思いませんが、200年後には崩壊してるかもしれないし、もっと大きな変化もきっとあるのかなと思います。
石倉 メンバーの皆さんは少しずつ響き合ってると思うんですけど、例えば安田さんがこのひび割れを「乾いていく過程」として描くのと、ちょっと対照的に佐藤さんは「流す水」、つまり乾いたら困るものを描いていると思うんですけど、それを今の安田さんの話を聞いてどうでしたか。
佐藤 そうですね。僕も多摩美術大学日本画科出身で、彼がどんな風な変遷を辿ってきたか分かっている部分があるんですけど、やはりどうしても日本画というものは、まず岩絵具、墨、膠を渡されて「目の前のものを写生しなさい」からはじまります。その精神性みたいなものは大事にしたいと思うんですが、どうしても水の「本質」に迫りたいという思いがあるのに「場所の説明」になってしまって。結局突き詰めて見ると、絵の具という物質を画面につけているだけで、その場所を提示しているに過ぎないのではないかと思った時に、より水だったり風といった自然現象の作り出す形の方がより美しいなと感じて。
自分の場合は絵の具や墨を水で流すことで、その動きや自重、重力であったり、気温や湿度を含みながら蒸発していくことによって、その時の環境の変化を内包して一つの形になるということを大事にしています。
石倉 ありがとうございます。この佐藤さんの作品も、本当に僕は今、僕達が考えている現代の人類学の主題と響き合うなと思って見てたんですが、というのは今、やっぱり人類学者は改めて「流動するもの」に関心を持ち始めているからです。例えば気象現象と同じように、石や土のような物質も 長い時間をかけて少しづつ変化し続けている。人間の心や意識がある流れの中にあるように、物質界の材料や自然そのものも、実は少しづつ「流動」し続けています。今まで自然は不変であるという前提のもとで地球上のある地域を研究してきた人類学は、この現実の前で大きく変化し始めているのだと思います。
例えばティム・インゴルドという人は、サーミ(ラップランドに先住する少数民族)の研究をしているんですね。北極圏のサーミの人たちは、ものすごい地吹雪が上がって、真っ白になっちゃうところで、ソリを使って移動したりする。そうすると地面と空の境がないらしいんですよ。常に人間はその嵐とか雪に巻き込まれて、飲み込まれている。自分の中に雪が入ってきたりする。人間もその風土の中で常にその天気に左右されていて、インゴルドの言い方で面白いのは、それは「気候」ではないと。僕達はよく「気候変動」とかと言いますけど、それは記録できる歴史としての気候ですね。ところが、人類学者がそこで見ている現象というのは、気候ではなくて「気象」だっていうんですよ。つまり、ある時に人間の体が反応して、「明日は雨だ」と分かったり、そして体感的に今日の雪がどれぐらいすごいか分かったり。
僕も台湾でフィールドワークをした時に、20代の若いルカイ族の人が、自分の膝をポンと叩いて、「今日は2時くらいに雨が降るね」って言うんですよ。そんなわけないだろうと思ったら本当に降るんですよ。なんでそんなことがわかるのかなと思ったら、やっぱりそういう知恵が伝承されているらしいんですね。それは多分、気候として記録できないです。でも、インゴルドの言い方を借りると、記録はできないけど「記憶」ができる。
ここがアートと人類学が非常に似ている部分で、やはりそこは人間の感性を通じて、記憶している、身体化された外部の自然というものを描くことができる。おそらく佐藤さんの水との関わりというと、僕なんかは水で絵を描くというのは水彩画のことしか思い浮かばなくて、水を紙とかに滲ませたり、流していくってことがよくあることだと思うんですけども。むしろそこに箔を貼って水を流していくとか、あるいは日本画の技法を使って、緑青が吹いているような…、それが緑色の痕跡を残すように、ミネラルを使って、岩を使って構成していくというのは非常に新鮮だと思うんですけれども、これは佐藤さんが経験している水とか風と関係があるということでしょうか。
佐藤 水をテーマにしたきっかけとしては、震災で感じた水そのものに対する畏怖もあるんですが、そもそも人間という生き物が水なしでは生きられない。そこを自分が今までの制作を通して考えてきた中で、水と同じように 自分自身もその循環の中の一部で、自然自体も自分の中に内在しているという感覚がありまして。いわば内と外がつながっているイメージを持っています。その上での素材の選択が、天然の素材である岩絵具や金属箔を使用することだったり、金属粉を緑青へ酸化させたりと自然現象も取り入れることは、ある意味より自然なことなのではないかなと。それは水や風っていうものを表現する上では、大事な感覚かなと思っています。
気候や人の記録とか記憶、そして感性という点で、本当に自分も一番大事にしている部分がそこにあります。一見してできた痕跡が、自分で作るという行為自体、過程が大事だというのは、ティム・インゴルドが「ものを作る過程」そのものが本質的に重要であると言っているように、すごく自分たちがやっていることの上で大事なことだと思っていて。土田さんの実感を以てして制作に取り組んでいる、という姿勢は自分も一番そこが最重要なところだと感じています。今回の展覧会では鑑賞した方が展示されたものを見て、体感して初めてその自分の持っている歴史、記憶や記録、その中で内包するものと響き合って初めて完成する、対話が生まれ、やりとりができるのではないか、と考えています。
石倉 ありがとうございます。そうするとやはり自分の体験性というか、どこに住むかとか、どの水なのかって大事だと思うんですけど。さっきちょっとお話を聞いたら、一時期、新島に住まわれていたことを言っていましたけど、それはやっぱり経験として大きかったですか。
佐藤 そうですね、大学院を修了したタイミングで、東京都の伊豆諸島にある新島というところに教員をしながら2年ほど住んでいました。住宅の事情で隣の式根島というちっちゃい島がありまして、そこから船通勤をすることになり、毎朝船に揺られて学校に通っていました。
乗り遅れると次は2時間後とか、泳いで渡るしかないみたいなことになる。もちろんそんなことはできないんですけれども、その生活がやっぱり大きかったです。なぜその島に行ったかというと、水をテーマに学生時代から制作を続けてきた中で、どうしてもやっぱり海という存在というのは、自分の中で距離があるので、怖いものでした。ただいつか向き合わなければならないというふうには考えていたので、その海という水に囲まれた場所に自分の身を置いた時に、どういう風に自分が感じるのか、作品に転換されていくのかということを経験するために行きました。
その時に感じたのが、意外にも海よりも風の存在でした。偏西風、「西ん風(にしんかぜ)」と呼ばれる3月ぐらいに吹く風がものすごいんですね。台風並みの風が吹いたりする。そうすると船が欠航してしまって、本島に行けないとか、島に戻れないというのが普通の生活として組み込まれていて。先程の北極圏のお話とか、膝を叩いて雨がわかるという人と同じように、島の漁師さんは遠くの潮の流れを見ただけで、「明日は海が荒れるよ」とかって言うんですね。自分が見ても穏やかな海なんですけど、やっぱりそういうその場所に根ざした知恵だったり、記憶だったりという伝承も含めて、何か生活の中で「風」っていう存在が波を引き起こしたり、島の形を変えるほどの強風だったり、全ての根源になっている。そこの流れ、自分が体感したものを、だんだん作品にその要素を入れていって制作をするということを行なっていました。
石倉 やはりそのどこに住むかということも大事だと思いますし、多分、経験という意味では、自分の体が触れている水の性質というものをどういうふうに観察しているか、ということが多分大事なんですよね。例えば、田中一村が奄美大島に住むことによって初めて見えてくるものがあったり、後期印象派の画家たちが南フランスに行ったりだとか、太平洋の島に行ったりすることで初めて何かを発見することがあったわけですけども。そうすると、もはや洋画であるとか、日本画であるとかを越えて、人間の感性が、どう自然を捉えるのかとか、その相互作用がどこで起きるのか、どう生きるのか見えてくるんですよね。そういう意味では佐藤さんの作品は本当に流れと自分の身体の流れの中にあって、そこが素晴らしいなと思いました。
この流れで土田さんの話を聞けたらと思うんですが、土田さんは、山形で拝見したり、都美セレクションで小金沢智さんのキュレーションした「たえて日本画のなかりせば」展、まさに日本画がなかったらどうなったんだろうっていう、日本画そのものを制度的に問い直す展示が2年前ですか。それで本当にあの時もびっくりして、土田さんの移動式の絵を描くシステムを見せていただいたんですけど、移動して、その場で描くっていう体を張ったところが見られて。でも、今回初めてパフォーマンス的にやっているのを見たんですけど、昔からああいう形で映像を撮っていたりしたんですか。
土田 日本画の成り立ちや、強い学びの一つとして、写生という考え方があって、物の本質を描き切ることを言います。本質を写し取るというのは、先ほどもお話にありましたように、匂いとか空気とか、そういった目に見えないものがあるわけです。やっぱりそこで何かを目指すって言った時に、私はそのものの本質をイメージするためには、例えば山とか川、花もそうですけど、川を描くといった時に、川を最初に見て、描き込む時に何を描きたいのか。川の勢い、激しさを描きたいのか、水が冷たいとか、川の中の岩がゴツゴツしているとか、そういうものを描きたいと思った時に、そのものに向き合ってみないと分からないなという感覚でやっています。
普通は川を見て描きますけれども、実際に触れてみないと分からないこともあると思っていて、冷たさなどの感覚は、そういうところから発見していくのかなと思っています。僕の中であの行為は、パフォーマンスではなくて、プロセスの一つとして、僕が知ったもの、見たものだけではなく体感した、実感したものの痕跡を描いている、対象と同化するみたいな。そういう感じでやっています。最近は映像にもそういうものを収めて、プロセスとして開示するということもしています。
石倉 つまり、パフォーマンスという成果を見せるものというよりは、絵画に至るプロセスの一部として見せているということですね。最初にしっかりと土田さんの作品を見たのは、最上川美術館という山形県にある、とてもきれいな美術館でした。あれは滞在制作ですか。
土田 あれは公開制作で、実際に現場で描いておりました。最上川の大きく迂回する「大淀」という川の流れを一望できるような場所から描いていました。当時は実際に見える風景を、筒状に巻かれた長い和紙に描き切るという行為をしていましたね。というのを、最上川の舟下りをするところで公開制作をするというイベントがあったんですけども、そこに見える風景を描くということをやっていました。
石倉 そうなんですね。それであれだけ大きな作品を。最近の時代性として、写真を撮ってきて、それを描く人って多いと思うんですけど、実際にその写真とスクリーンを介在させず、あるいはプリントを介在させずに自分の目で見て描くっていう、ある意味とてもクラシックな画家のスタイルなんですが、それだけではなくて、身体ごとそこに入っていくっていうのがすごく衝撃的だったし、僕が人類学者として山形で行った山伏修行とか、そういう体験を思い出したんですよ。あれは山形という環境だからでしょうか。
土田 そうですね、やっぱり山形は、自然も豊かですし、全身で実感できる場所やことがたくさんありまして。何やっても怒られないというか寛容というか。危ないことはありましたけれど、実際に最上川に飛び込んだ時には、何やってもいろんな方が「面白いね」って言ってくれて。いろんな方が集まってきて「何やってんのー?」「ちょっと、絵を描いていますー」「絵を描いていないでしょ」なんていうやりとりがあって、そういう環境にあり、どうかしてるなんて言われますけれども、結構のびのびと制作発表をさせてもらっていますね。
石倉 めちゃくちゃ面白いなと思って。これまで僕は土田さんの全体像を捉えきれてなくて、何か寡黙な、すごくストイックな方かと思いきや、ちょっと笑えるようなこともやってますよね。それは自然を身体化するという行為の面白さでもあると思います。ある時、僕も秋田に住み始めて、田んぼで田植えをする時に、家族と一緒に稲を植えていると、そこには同じものを食べる動物がいたり、田んぼの中にいろんな生き物がいることに気づいて、手袋をひっくり返すようにチューブをひっくり返した時に、内臓も外に繋がっているんだよなってことを思いながら田植えをしていたんですね。
そうすると、この田植えが終わったらみんなで山菜を取ってきたり、田んぼに生えているセリを取ったり、あるいはタニシを一緒に食べたりするんですけども、そういう、つまり自分の体を、外にあるものを体の中に入れたり、外に動かしたりっていう循環に、僕はふとそれを「外臓(がいぞう)」という概念で捉えてみたいということを思いついて、それからちょっと「外臓論」みたいなことを考えてきたわけです。
つまり、内臓の外にある身体として、里山、里川、里海を捉えてみた時に初めて、なぜ日本の百姓さんとか漁師さんとかが、自分の住んできた環境が大切だ、お金に換えられないってことをなぜこんなに言ってきたのかが理解できると思ったんです。例えば、石牟礼道子さんが、水俣病が発生した有明湾の海で、現地の漁師たちがなぜ、そこで汚染されたわかめを食べ続けているのかという問題を探求していた。そこで「水俣病わかめといえども春の味覚」と言っていたんですね。
それは現地の住民にとって、単においしいかおいしくないか、安全か危険かではなくて、体の一部なんですね。やっぱり自分の生まれ育った風土が自分の体の一部だったんだなと思うんです。福島の出身で山形に来られた土田さんが、まさにその自分の外と内を媒介するように雪を食べたり、川の水を飲んだり。すごく外臓的画家なんだろうなと感じているんですけど、いかがでしょう。
土田 やっぱり川の水を飲むっていうのは、自分の中に川を流すということで、これまでは川の中に自分が入っていく、川を支持体にして絵を描いていくという感じで描いていたんですけれども、でも僕が訪れるだけではちょっとよくないなという感じがしたので、やっぱり友達の家とかに行くのと一緒で、こちらだけが伺うのではなくお呼びするっていう感じで、川を僕の体の中にお呼びして、出て行ったりもする。そのような循環です。
石倉 そうですよね。僕も学生時代はずっと山形とか福島に通っていたんですけど、やっぱり山がすごく大事にされていることで、福島の方だとよく15歳ぐらいに、山に籠ったり、場所によっては山で一定期間過ごすというようなところがあったりして。似たようなことを山形でも山伏たちがやってきたわけですけれども、映像でいいなと思ったのは、やっぱり雪をいただく前にちゃんと手を合わせるところが非常に東北的だなと思いました。
こういう僕から見ると、ものすごく革新的で自然と人間の関係を根底から見直すような面白い作家さんたちが、今まで僕は理解しきれてなかったところを、今回見せていただいて、これを企画してコーディネートする柏倉さんはすごいなと思ったんですけど、この全体のプロセスを「擬態」と名付けたっていうところはどういう経緯があったんでしょうか。
柏倉 ありがとうございます。この3人が集まった時に、その制作の中にある共通するものは何なんだろうかっていうところをまず一緒に考え始めて。その中でいろいろ話していくうちに、自然に近づいていくような感覚があるんじゃないのかなということで、それを包含するような何かいい言い方ないのかなと思った時に、「擬態」っていうものがもっともふさわしい形としてあるのかなと思っていて。
それは模倣というより、もっと生物的な意味で、何かに「なりすます」とか、芸術っていうものの、何かを「表現する」性質と、ちょっと近しいものがあるんじゃないのかなっていうことで、「擬態」っていうキーワードが出てきました。それで「何が擬態する?」って思った時に、その主語として「感性」っていう言葉。制作行為だったりとか、感情だったりとか、思考だったり、そういうものが何かしっくりきて。そこから「感性が自然に擬態する」っていうキーワードが生まれたのが、最初のきっかけになりますね。
石倉 今回、テキストの配置がとても印象的だったんですね。例えば、新しいことをする時に、キュレーターとかコーディネーター、企画者が、でかいテキストを宣言のように仕立てて、「これを読め!」とか、「すごいだろう!」みたいなそういう展示の仕方もあったと思うんですけど、柏倉さんはわりと控えめに、あとは作品を見てくださいと言わんかのようでしたが、これはどうですか。
柏倉 これには予算だったりとか、複雑な事情もあるんですけど。展示構成として、森のような、入り組んだ印象を与えるものとしてやろうというのは、みんなで話し合った部分ではあって。その中で、文章が鑑賞体験の中であんまり引っかかりすぎない、何か大きなものになり過ぎない方がいいのではないかということで、主張しすぎないサイズ感に収まりました。
石倉 そうですね、僕たちが「Material, or 」展を共同企画した時も同じように、説明的になり過ぎず、何か言葉がその作品よりも大きくなり過ぎないようにとか、色々とやっぱり配慮をしてデザインしました。今回の会場構成もすごくそういう意味では、少ないテキストがいろんな場所に配置されていて、それぞれの場所で作品を前にして「擬態とは何か」ってことを考える呼び水のように配置されている。それがすごく効果的で、一貫した表現態度として結実しているな、というふうに感じました。
何か強い個人がいて、全ての空間を支配するというようなやり方でもないし、ピラミッド型であったりとか、特権的な中心があるというよりも、それぞれ自立した緩やかな、異なる作家同士が作る作品の差がランドスケープとして見えてくるような展示だと思うんですね。その辺り本当に現代的だし、同時代的な、やっぱり集合知で作っている展覧会の方が面白いと僕は思うんですけど、そのような集合的キュレーションというものを感じるような展示でした。
東京都美術館での展示は、決して簡単ではないと思うんですよね。建物の強さもありますし、いろんな柱があったりとか、いろんな設備が見えるという面では非常に難しい空間もあると思うんですけども、それをうまく生かした起伏のある、すごく面白い展示だと思います。
美術史的に考えて、その芸術と模倣ということは散々言われてきたと思うんです。例えば、ギリシャ哲学のプラトンの時代から、実は模倣であって、自然というのが一番美しいものであって、人間がそれを真似て作る作品もその次に美しいものであるというのが西洋起源のアートだったと思うし、それが近代美術なんだと思うんです。だから、自然には勝てないっていうところもあったと思うんですが、それが世界芸術という今の時代に考えてみると、ギリシャ起源じゃないものとして、むしろ生成変化していく自然自体、自分の内なる自然というものを人間がどう表現するのか。あるいは、自然を外に向かって、対象物として捉えるのではなくて、共に混じり合いながら、絡まり合いながら見ていく存在として、人間がどういう風に今後、自然を発見していくのかという気づきを与えてくれるような、そういう意味での「擬態」でもあったと思います。つまり、人間と自然というのは、お互いに変容しあっているということが前提になると思いますし、それを気づかせてくれるものとして、すごく大きな発見がありました。
※以上でトーク本編は終了し、その後、質疑応答が行われました。